福岡地方裁判所小倉支部 昭和25年(ヨ)66号 決定
申請人 大山珠一 外二十四名
被申請人 株式会社日立製作所
一、主 文
本件仮処分の申請は之を却下する。
二、理 由
賃上要求に対する威嚇解雇と不当労働行為。
(一) 日立全社の場合
賃上の要求はその内容の当否は如何様であろうともその要求の方法に於て非違がないならば一応労働組合の正当な行為であると見なければならないから会社は之に対して誠意ある囘答を為すべきである。本件では昭和二十五年四月五日日立本社に対しては日立傘下組合の総連合から各工場に対しては当該工場を単位とする組合から夫々賃上の要求があつたのに対し、会社は組合の指定する囘答期を延ばした上総連合に対し五月八日若松工場組合に対し同月九日夫々賃上要求を拒否すると同時に、日立全社としては五千五百五十五名若松工場としては全社五千五百五十五名の一部として七十二名の経営合理化に因る減員を発表し、若松工場分は同月二十四日七十二名中退職希望者二名を除き別紙記載の者を含む七十名に対し、解雇の通告をしたのであつて、一見賃上要求を封殺する為の威嚇解雇であるかの様な感がないでもないが、しかし会社としては昭和二十四年暮から既に情勢上経営合理化の必要を認め明けて昭和二十五年二、三月に亘つて各工場毎に原価査察を行い検討の結果七千餘人の剰員があり、一部解雇は止むを得ないと云う結論を得爾来鋭意実施に関する具体案を練りつつあつた折柄組合に於ては早くも人員整理のあるべきことを察知し、その機先を制して之を阻止し様と云う意図の下に賃上の要求をしたところから、会社に於ては組合に対する囘答の必要上整理具体案の策定を急ぎ、前示の様に組合に対する囘答と整理の発表を為すに至つたものであると云う事情が認められ又少くとも資本主義経済機構の下に於ては労動力と共に生産要素であるところの資本に対する利益配当が終戦後全然行われていないと云うこと、前期決算に於て三千数百万円、前々期に於て六千数百万円の利益を挙げたことになつているものの今や資本金二十二億円に対しては配当するに足らないのみならず、右の利益と称するものも実は真の営業利益ではなくて固定資産の評価益を計上して体裁を繕らうたものであること、緊縮政策に因る一般産業界の不振従て受註の減少、金詰り資金難、同業者間の競争の激化、従て有利な受註の困難、補給金の廃止に伴う原材料の騰貴とそれにも拘らず販売価格の値上難、更に外国業者の立直りに因る輸出向受註の減少等頗る悪材料に富んで居り、是等諸般の事情等を綜合すれば整理の必要なことは一応肯定されるから整理の必要がないに拘らず、賃上要求を封殺する為に威嚇的に解雇したものであるとは解し難く会社は団体交渉に於て整理の必要性につき組合に説明すべく努めたけれども組合は数次の会見に於て徒らに怒号喧騒して之を聴こうとしなかつたので遂に解雇通告を発するに至つたものであるから、組合の納得なしの一方的解雇であると云うことは必ずしも当らない。旁々之を以て不当労働行為であるとか、解雇権の濫用であるとか、或は労働基準法第二条に反したものであるとかは云い得ない。
(二) 若松工場の場合
若松工場は日立綜合経営の一工場として多くの例に傚い俗に所謂独立採算制の下に経営されて居り、その生産能率を挙ぐる為昭和二十三年一月以来昭和二十五年三月迄一人当平均三千円に近い能率給的な加給を実施し(四月は一人平均千円とし同月を以て廃止)尚且つ十パーセント乃至十五パーセント程度の利益を計上することが出来、昭和二十五年五月の整理発表当時に於て石炭を除く原材料の大部分は尚三、四ケ月乃至八ケ月間の使用量を手持保有し受註残し六、七ケ月分を持つて居たこと、前示加給金の廃止によりその全額月二百万円前後の幾分かは節約されたこと等を考合すれば日立傘下の工場としては優良の部に属し、整理の必要はなかつたかの様に見ゆるのであるが、しかしその内幕を割つて見れば前示の利益残と云うのも大部分は矢張り評価益の計上によるものであり又機械設備の原価償却は殆んど行つて居らず、しかもそれ等の機械設備は大部分が陳旧に属し余命幾何もないと云う有様でありながら全然蓄積資本を持たず、所謂喰潰し経営の例に洩れないものであり、加うるに日立全社の場合に説示した諸々の悪材料は若松工場と雖素より之を避け難いのは勿論、却てその蒙むる打撃の度合は若松工場に於てこそ最も大きいものであると見られるから之を所謂健全経営の建前からすれば疑もなく合理化の為の整理の必要であることが認められる。既に若松工場を独立した経営と見る場合に於てすら斯様な状態であるならば、若松工場に及ばない多くの不良工場を持つ日立綜合経営の一環としてその綜合的整理計画の影響を囘避することは到底不可能であると云わなければならない。斯様な事情の下に、日立全社の場合について説示した経緯を辿つて行われた人員整理の発表及解雇行為は、単に賃上要求に対する囘答と共に発表され、その数日後に解雇通告がされたと云うことのみで必要のない整理を口実に賃上要求を封殺する為の威嚇解雇であると見ることは困難である。尚若松に於ける整理発表後の組合と会社との交渉は本社と総連合とのそれと同様怒号と喧騒とに終始して組合は遂に会社の説明を聴かなかつたものである。
労働協約及経営協議会の存否について
(一) 協約
組合と会社との間には昭和二十二年一月二十一日総連合と会社、単位組合と会社との間に各別に成立した労働協約が夫々六ケ月毎に自動的に更新された最後には昭和二十四年一月二十一日から六ケ月間効力を持つて居たが、会社はその期間満了一ケ月前である昭和二十四年六月十六、七日に期間満了と共に廃棄の意思を通告し期間満了後その失効を組合に宣言したのであるから、右協約は同年七月二十日の満了に因り失効に帰したものと云うべくその余後効については肯定説もあるけれども存続期間が協約の絶対的要素である限り存續期間満了後に尚効力を貽すと云うことは賛し難い、又協約の効力が個々の労働契約の内容に置換えられて爾後之に異る協約が出来ないときは労働契約の存続する限り存続すると云う説もあるけれども労働組合法の英訳文やドイツ協約令の文言等は一応の参考にはなるとしても決定的なものではなく、文理は日本文によつて解釈すべきであり、日本文としては右英訳文やドイツ協約令の様に置換えると云うことは出て来ないのみならず右の英訳文やドイツ文の文理も一部の者の云う様に必ずしも、置換えたからには協約の運命に拘らず個々の労働契約の運命に従うと云う趣旨に解しなければならないものでもない。存続期間の定つた協約内容がその儘置換えられたのであれば存続期間の満了に因り置換えた部分が消滅に帰するのは当然である。従て既に協約の失効に於ては失効した協約に解雇についての協議約款があつたとしても最早や之に従うことを要するものではない。又所謂既得権説も採用し得ないが仮りに既得権を認むるにしてもそれは畢竟期間付の既得権であるから期間の満了に因り消滅に帰するのは当然である。
(二) 経営協議会
若松工場に於ける工場経営協議会は前示労働協約に基いて作られたものであるから協約と運命を共にするのは当然である、親は死んでも子は必ずしも死なぬと云うものがあるけれども、経営協議会は子の様なものでなく、協約の一部である細胞の様なものであり有機体の消滅した後に独りその細胞のみが余命を保つべくもない。従て経営協議会の規定中に解雇については協議会に附議決定すると云う規定があつても協約が失効した今日それは死文に過ぎないものである。
禁反言の抗義について
若松工場長宮下格之助が会社を代表又は代理して若松工場に於ては人員整理を行わないと云うことを言明したと見るべき資料はないから若松工場長が会社の授権に基き会社の代理人として為した若松工場従業員の解雇が禁反言の法則に触るるものであるとは云い得ない。
慣習法の成否について
会社は労働協約の破棄通告後も会社の為した分掌変更に関する連絡に対する組合の異議申立により再考協議の上その結果を組合に通告した事例があるから、之は慣習法として労働協約の条項が遵守されたものであると云う組合の主張があり右の一事例があつたことは認められるにしても、此の一事のみで一般に拘束力を持つ慣習法が成立したと云い得ないのは勿論、会社と組合とのみを拘束する特別慣習法が成立したとも見られないから本件の解雇が組合との協議を経ないものであるとしてもその為に無効であるとは云い得ない。
信義誠実の原則に反すると云うことについて
会社の西専務取締役が昭和二十五年五月二十一日日立総連合との団体交渉の席上人員の縮減はよく組合の諒解を得てやらなければならない旨言明しその趣旨の確認書を交付しながら、之に反して組合の諒解を求むることなく一方的に解雇を施行したのは信義誠実の原則に反すると云う組合の主張があるけれども、既に説示した様に組合は会社の説明を聴かず、五月二十一日の如きは午後二時過から翌二十二日午前十時過に亙る徹宵長時間の大部分が西取締役の言葉尻を捉えて右確認書の交付を強要することに終始し、団体交渉と云うに堪えない醜状を呈したものであつて、右の確認書を楯にして会社の信義誠実の原則に違反することを攻撃するのは当を得ないことである。
個人別解雇の当否
労働協約が失効したことは前説示の通りであるから、解雇については労働基準法及び就業規則に依るべきであることは多言を要しないところである。
(一) 労働基準法 本件労働契約は雇傭期間の定がないのであるから三十日の予告期間を置くか、該期間に相当する所謂予告手当を支払うかすれば良い譯であるが、会社は予告手当を提供したけれども受領の申出がなかつたので之を供託しているのであるから労働基準法に反するところはない。
又A、B、C、Dが共産党員であるとしても会社が之を知悉して居て、之を理由に解雇したと見るべき資料がないから、従て共産党員であることを理由として解雇したものとは見られない。
(二) 就業規則 整理の必要のあることについては既に説明した通りであるが、此の整理の必要であると云うことは就業規則に已むを得ない事業上の都合に依るときと云うに該当する。そして反対の定がないから斯様に整理の必要上解雇する場合には解雇基準を定むることを要するものではない。会社は解雇すべきものを自由に選定することが出来る、例えば抽籖の方法によつても敢て不可はない譯である。しかし経営合理化の為に整理するのであるから此の目的に副つた人選をすべきであることは常識上当然であるが、それは法律上の問題ではない。只自由に選定が出来るとは云うものの例えば組合の正当な行為をしたことを理由として或る者を選定したと云う様に不当労働行為に関する労働組合法の規定に該当する場合には不当労働行為としてその者に対する解雇が無効であることは勿論であるから抽籖によることを適当としない場合、例えば従業員の能率其の他考課の上で差等があると云う様な場合には適当な基準を定めて此の基準に該当する者を選定すると云うことは適宜な方法である。
然るに会社は概ね妥当と思われる解雇基準を定め、且つ組合幹部の認定に係る作業能力をも含めた平素の考課に照し且家庭の事情をも勘案して慎重に選定を行つたことが認められる、殊に申請人E、F、G、H、I、Kが元若松工場組合の役員であつたこと申請人L、M、A、B、Cが本件解雇通告当時右組合の役員であつたことは認められるけれども、右は何れも会社の定めた解雇基準の一乃至数項に該当し就中業務成績低く経営合理化の為の整理に当つては解雇対象者として指名されるに相応しいものであると見られ、特に元役員として組合活動が熱心であつたとか、現に組合役員として組合活動が熱心であるとか云うことを理由として解雇したものであると認むべき資料はない。尤もLは組合事務専従者であつて会社から給与を受けて居るものでないから仮令以前の業務成績が不良であつたとしても之を解雇する理由に乏しい様な感がないでもないが、組合事務専従と云うことは永久的なものでなく執行委員長と組合事務専従と云うことは不可分な実情にあり、一方委員長の改選期も間近であつて職場復帰が予想されるのと、将来職場に復帰したとしても就業規則の規定上単に業務成績不良と云うことでは解雇することが出来ない様な事情にあること等を彼此綜合すれば、同人を解雇すると云うことも一応納得の行くことであつて、特に執行委員長として組合活動に熱心であると云うことを狙つたものであるとは見られない。
以上説示するところに依れば本件仮処分の申請はその理由がないものと云わなければならない。仍て之を却下すべきものとし主文の通り決定する。
(裁判官 吉川円平 中村平四郎 橋本清次)